DEAR 。。Holy Spiritさんへ

奇跡のコース〜A Course In Miraclesを学んでいるブログです。

レッスン335 0619

Dear聖霊さん

レッスン335

私は私の兄弟の無罪性を見る選択をします。

I choose to see my brother’s sinlessness.

ーーーーーー

どんな人にも罪はないーー

これを受け入れるために、たくさんの、「こんなのがあれば罪じゃないの?」という例えを心に浮かばせて、反論の余地を伺っていたこともあった。

 

小さな頃から、「○○しなかったら△△になるよ」等々、罰のようなものを怖れることで、善である自分を保とう、保たせよう、とする習慣もみられる。またそんな教育も伝承のように続いている。

 

この幻の中では、私の中にあるものが外に現れるとある。鏡のように。

私(たち)は、それが私(たち)とは違う「他」のものであるから、と思う。

そして、罪というのが外にあり、また自分の中にもあって罰は当然だと、自他を責める。

 

けれど聖霊とともにいる時、ここに見えているものは、愛を見通すためのものとして使われる。

聖霊は、私たちには計り知れないけれど、それを使って神の計画へと導いてくれる。

聖霊とは、私(たち)の神を知る部分。

 

もし、無罪とみえなかったのなら、聖霊に「私にはみえていません。」と正直に言って、これを使って真実を見させてください、と祈りたい。

エゴの世界では「罪と罰はある」と設定されているから、それを自分が手放せれるまで、聖霊にはお付き合いいただくことになります。。

 

この日のレッスン解説にはーー

『ゆるしは選択です。

私は私の兄弟を決してありのままに見ることはありません。

というのは、それは知覚をはるかに超越しているからです。

私が兄弟の中に見るものは単に私が見たいものにすぎません。

なぜなら、それは私が、何が真実であってほしいと思うかを表しているからです。

私が外部の出来事によってどんなに駆り立てられているように見えても、私はこれにだけ反応しています。

私は私が見たいものを見る選択をするのであって、私はこれを見るのです。これだけを見るのです…』

ーー

とある。

私は選択している。何を見たいかを、無意識も含めて選択した後のものを見ている。。。

 

だからこそ、私が「思い」の始めに、真理を知る聖霊のガイドを選択することで、見たいものは真理へ向く。

 

思うことが外へ(幻として)現された世界にいるから、

思うことが何かを選ぶことに対して、しっかりと意識を向けたい。

 

結果を変えるためには、思いの発端を真実にするしかない。

真実とは、罪のない世界。

そしてその真実を受け入れてもいいと、ゆるすことがここですること。。。

 

ゆるし、とは、起こった(と幻の世界で思っているだけなのだけれど)ことに対してではなく、まだ起こってもいない「思い」の発端を聖霊のガイドに委ねることでもある。

 

幻として、投影するものがなければ、実在しているものしかないようになる。

すると

もともとなかった、罪のない状態に戻る。

 

。。。それを今は目指している状態です。

 

日々のレッスンで、ゆるし、を思い出させていただきありがとうございます