DEAR 。。Holy Spiritさんへ

奇跡のコース〜A Course In Miraclesを学んでいるブログです。

レッスン275 0420

Dear聖霊さん

レッスン275

今日、神の癒しの声が

一切を保護する

God’s healing Voice protects all things today.

 

『…今日という日が、私たちが探求し、聞き、学び、理解する時として選ばれたのです。

私と一緒に聞いてください。

というのは、「神を代弁する声」は、一人では理解できず、お互いから離れては理解できない事柄について私たちに語るからです。

このことにおいてすべてのことは守られています。このことにおいて、神を代弁する声の癒しが見出されます。…』

ーーーーーー

私という時、

「自分で考えなきゃ」とか「自分で知りたい」とか

「自分で解決したい」とか、まだあるのかもしれない。

「うまくやっていきたい、こなしたい」と思って考えを巡らせたり。

けれど過去を参照にしても、それはエゴがベースになる。

過去のデータとは、自分という個別、、、分離した経験を元に、自分で考えて処理してきた思考の集まりなのだから。

 

このレッスンでは

「ひとりでは理解できない」とある。

自分を手放してゆく作業。

それは自分の思考がひとつひとつ、どこに繋がり反応しているかに気づく作業。

 

聖霊とともになのか

エゴの思考とともになのか。

無意識にうまーく反応するように、今まで使って構築してきた「自分」というものを、「本当に創られたもの」に返してゆく作業。

 

この日、両親とともに行動する。

両親が抱えている問題に対処するために、日にちを取った。過去の反応が出やすい日。

言葉や態度を見て聞いて、私の反応は過去を出したがる。でもそれはエゴの思考を採用した時。

本当の私は、父母とも「ひとつの存在」として愛の交換をしたいのだ。

 

ふとテキストの言葉のニュアンスがおりてきた。

兄弟の願いに付き合うことについて。

それが幻であるが故に、捉われることなくそれを見つめ、ただ愛するが故に付き合う。

 

そんな感じのことがふと来たので、なるべくそれを思い出せるようにしながら付き合った。

 

すると「犠牲になっている」という心が出てこない。私にはその心が今まであったように思う。

自分の考え、感覚と違う。大切にしたいものが違うと感じて、それを犠牲にしている、、みたいな。

 

けれど、この世界に起こることは大したことではなくて、それを通して怖れの向こうにある愛を見つめる機会として、聖霊に導いていただくのだろう。

 

そんな風に、両親の見る幻の世界ーーつまりは何処かで私も関連して「在る」と思い込んでいたものーーを手放していくレッスンとして精霊に使っていただけば、私はとても豊かな経験になる。

 

目の前に展開する、過去信じていたことが現れる世界。

大切だと思っている関係になればなるほど、過去のデータから判断して、先に危険回避しようとしたりコントロールしようとしたりする。

 

あ、、また私は決めつけていた。反応していた。。

そんな風に手放していけたことは良かった。

そして父母との経験は苦しむことなく、互いに満足して終えることが出来た。

まだ、揺れることはあったけれど。

 

聖霊とともにゆく。

そして護られた関係の中でいくことを信じたい。

 

ありがとうございます

 

 

 

 

広告を非表示にする