DEAR 。。Holy Spiritさんへ

奇跡のコース〜A Course In Miraclesを学んでいるブログです。

レッスン133 1129

Dear聖霊さん

レッスン133

わたしは、価値のないものを

大事にするつもりはありません

I will not value what is valueless.

 

『時として、教えることには恩恵があります。

特に、理論的に見えて、生徒がすでに学んだことから非常にかけ離れている様に見えることを体験した後で、生徒を実用的な関心に引き戻すという恩恵があります。

今日、私たちはこれをします。

私たちは高邁で包括的な考えについて語ることはせずその代わりに、あなたにとっての様々な恩恵について詳しく話すことにしましょう。』

 

『私たちは二つの選択肢しかないということをすでに強調しました。

しかしながら、数多くの選択肢があるように見えます。選択肢の範囲は設定されていて、これは私たちには変えることはできません。

選択肢を無制限にして、そうすることによって、最終的な選択を遅らせ、すべての選択肢を時間の中で考慮させ、しなければならない選択はただ一つであるという場所に明確に導かないというのは、あなたにとってもっとも寛大さを欠いたあり方です。』

 

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最近のレッスンは 「この世界」について どれだけほんとの私に必要なくて、手放すものなのか、というような感じだった。今日は、アプローチを変えて、それらをよりフォローした考えを与えてくれている気がする。イエスはとても上手くこのレッスンを進めようとしてくれる。 

わたしの無意識の不安。この世界を手放したらどうなる?というひとつの考えを捨てきれないところをよくご存知なのだ。

どうして受け入れられないのかもわからなくて。私という深みに私だけでは迷子になりそう。

 

今日は気になっていた動画を時間をかけてみてしまった。それを観て思ったことは、私の信念の層の深淵になっていることかも。自覚なく、守っている恐れがあるのを感じる。

「この世界」が本当に幻想なのかとおびえているような。

「この世界」で大切にしたい人、状態というものをまだ捨てきれていない。それを捨てていいのか?それを大したことではないと、幻想であるとすることで、何かが壊れるのでは? という恐れ。

 

けれどイエスは  「このコースは 私たちがのぞむ、僅かなものを、取り去ろうとしているのではない。」と言っている。

安心して、失うのではなく、本当のものと交換して、喜びと愛を享受することを勧めている。

こうして書いているのに、根深く何か良からぬことが襲い、私から奪い、私は失って力なく不幸せで惨めだということを味わうのでは?としている。

これらの気持ちを正直に、聖霊に差し出します。

コースで何度も安心していいといわれ、励まされつつ、こうして悪夢がまだありながらも、光と実在を求め、聖霊の存在を思い出していくことを続ける。

 

ひとつ良いことは、もう私はその聖霊からは逃げないのだ。もう、誰も苦しまなくていい。苦しみから何かを得なくてもいい。苦しまなくても喜びは与えられ、それを失うことは実在ではありえず、それが私たちの本当なのだから。

 

だからひとりで歩まなくていいので、怖れていても、間違っても、やっぱり無気力が消えない時でも、聖霊を呼ぶ。

これを使って奇跡を目撃させてください。って。

私はあなたを選ぶことで赦しを選びたいと。自分を赦して頂くことを選ぶのです。

 

ありがとうございます。

 

 

 

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